相手の冷たさを容認せよ

相手の冷たさを容認せよ

相手の冷たさを容認せよ

「いざとなると企業の側は冷めたいものですよ」と、その女子社員は私にいった。彼女が「辞めたい」と申し出たら、陰に陽に冷めたい素振りを上司が見せるのだという。「それは、あなたの考え方が間違っています」と私は率直にいった。

「なぜなら、あなたは、まず会社側に辞めたいということによって、冷めたさを表示したからです。冷めたさをこちらから、まず示したから、相手側からも、その冷めたさが返ってきただけなのです。それは意味もなく、偶発的に生じたものではありません」

まことに自分の周囲の人々とは、自分の鏡である。自分が暖かさを示せば、相手も暖かさをもって反射するし、冷めたさに対してもまた然りである。しかし、ここで誤解して欲しくないのは、私は何も「人は常に暖かくあれ」と説いている訳ではないということである。

人生においては、時には、自分の都合により、他人へ対して冷めたい態度をとらざるを得ない場合がある。そのような折りには、ためらったり、他人に気がねしたりしていると、その悩みのために病気になってしまうことすらある。そういう場合は、断固として自分の意志をつらぬく必要もあろう。

しかし、そのような場合は、他人によって冷めたくあしらわれるのは、あらかじめ覚悟すべきであろう。自分がまず冷めたくしておいて、なおかつ相手からの好意を期待しようとするのは、正に甘え以外のものではない。そして、この甘えというものが、しばしばその人から、ツキを失わせる原因となるのである。

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